夢にもう永いこと会ってない友人が出てきた。
私は喫茶店アルバイトの面接に行く。
その喫茶店でくだんの友人が働いているから、
斡旋してもらったというわけだ。
喫茶店なのに小説を書くという課題が事前にあった。履歴書に書いた私の小説を、喫茶店の店主であるおばあさんがもの凄く手厳しく批評する。
「この〈大人数〉と〈いく人か〉という表現は重複しているが、こんなことも分からないようではどうしようもないよ」と言われたのを憶えている。
私は喫茶店の面接でなぜ……と思いつつ、項垂れていた。
客のいない店内にしつらえられた格子窓の外を見やると、プテラノドンがつがいで飛んでいるのが小さく見える。あまりにも遠く、ゆえに一瞥もくれない。
こわい夢ではなかったけど、目覚めてものすごく悲しかった。あまりに悲しくて、目が覚めてなお心細かった。そういえば夏の間に一度こわい夢も見た。その時も心細かった。こわい夢や悲しい夢は、目覚めてからの方がむしろ心細くなる。
〈こわい夢を見たら〉という話題をアテにして酒を呑んだ日を思い出す。あの日、酔っていたけど友人たちが、同じようなことを考えていたことに心丈夫になった。
そんな日もあったよ。
つとめ先の屋上で、夢に出てきた友人がつくった映画を見せてくれた日のことを思い出して、映画自体は見返さなかったけど私が送った感想文を自分で読んだ。私がものすごく打ちのめされ感動し、スウィートな敗北感を感じたということがだらだらと書いてあった。また映画見せてください。と私は結んでいた。
かの友人は、いまとある事情から、映画を作るどころではないらしい。n月になったらお茶しようという約束が等速に私たちから遠ざかっていく。日毎に。
それでも私はいつかまた、「自分の無能さに絶望しましたよ今回もォ」などと言いながら映画をおずおずと見せてくれる日を、ガチめに毎日かんがえている。
現代日本映画作家で、私が心からファンです!と新作を待つのは、立脇実季と安達勇貴。たった二人だけ。