クリスマスの朝、起きるとプレゼントの代わりのように体調を崩していて、その日からずっと回復しないままの年越しになってしまった。今はもうずいぶん持ち直してきて、ほぼ全快くらいにはなったけど、こんなに体調の悪い年末年始もはじめてだったからまぁまぁどんより、それでも撮影で遠い山に行ったりした。死ぬかもしれんと思ったが死ななかった。
年が明けてすぐ、あぶないと言われていた祖母の訃報が届いて、二日間実家に戻る。一緒に長い間暮らしていた母方の祖母と違って、もう十年以上会ってなかった父方の祖母だったから、久しぶりに会うのがこんなかたちになってしまって孝行孫じゃないなという自分のことを考える。でもここには言葉にしづらいニュアンスがあって、機微を無理矢理言葉にすることが良いことだとはどうしても思えないし、しない。久しぶりに兄弟が揃い、また、これも十年以上会ってなかった父方の従姉妹たちとも会う。父方にせよ母方にせよ私たちイトコはみな歳が近いけれど、我が家の兄弟と違って他の親類は皆女系なので照れくさいというのも、一族単位であるのかもしれない。わからない。これも解明はしない。
実家に向かう電車の中で車内CMを眺めていたら「今の時代、お金をうまく稼ぐには?」みたいなクエスチョンに、有識者っぽいおじさんが「自分の時間以外に他人の時間を取り込むのがポイント」と答え、その例のひとつとして「読書は著者の膨大な時間を数時間でゲットできる」と言っていてこんな下品なやついるんだと思った。
「読書が著者の膨大な時間を数時間でゲットできる」ことが間違っていると言いたいのではない。まぁなんというかそういう効率のために書かれた本というのもあるだろうし効率のための読書というのもあるのだろうから。
そうではなくて、読書を「著者の膨大な時間を数時間でゲットできる」とわざわざ発言する/見做せてしまうことへの、その矜持のなさあるいは品性のなさにうんざりしてしまう。
読書を「読書が著者の膨大な時間を数時間でゲットできる」と見做せる感性が金持ちに必要な無頓着さなのであれば金持ちになんかなりたくない。たとえビジネス書であれ啓蒙書であれ、私は読書は読書をする時間の中にしかないと思う。CMだからあの発言も台本なのだろうが誰が書いたのだろうか。
家族葬だったから親戚だけが集まった。従姉妹のSちゃんが撮ったおばあちゃんの写真はどれも私が会わなくなってから時の経ったおばあちゃんのはずだったけど、私がチビのころに家に行くとお菓子を無限にくれたおばあちゃんと同じ顔をしていた。
おばあちゃんが十六歳のときから八〇年以上かかさず書いていたという日記を読んでいたらSちゃんが話しかけてくれた。
「私たちイトコは、みんな木の名前がつけられていますね。それにみんな画数が十画の木ですね。だからなんだという話ですが……」
棺に花や手紙を入れる際、Sちゃんが家に生えていた木の花をたくさん摘んできて、それもみんなで分けて入れた。Sちゃんは花の名前をどれもちゃんと知っていて、私はそのことにすごく心が揺らされる思いがあった。
木や草や花の名前を知っているというのは、たとえば効率良い金儲けの仕方を心得ていることや、今とこれからの世界情勢の動きを把握していることよりずっと大切なことに思った。
棺の窓から覗くおばあちゃんに父がなにごとかを話しかけ、頬を撫でていた。私の父は感情を表に出すタイプではなくて、いつも冷静で、しっかりしていて、動じない。両親である祖母や祖父や兄と話す時も子供に戻らず大人同士の態度で接していて、側でお菓子を食べながらチビの私は「お父さんは大人すぎるように見えるがこれが大人という姿勢なのか」と思ったしあの頃の父と同じくらいの年齢になった自分を顧みてもそれは改めて強まる。通夜と告別式の二日間で父の涙を見ることはなかったが、それでもじっと自分の母親を見つめ、頬に触って何事か話しかける父のポツンとした姿は私に安堵と動揺をもたらしていた。
通夜から帰ってきた夜、父が「桃鉄やろう」と私と弟に話しかけ、それはとても珍しいことで、私も弟も父からゲームを誘われることなんてないから、嬉しくなって、桃鉄をやった。母も途中から参加した。私たち家族は、仲は悪くないしむしろ良い方だと思うけれど、安定して平穏になったのは本当にここ数年のことで、八人で暮らしていた頃はいつも誰かと誰かが喧嘩していたり、ピリピリした空気がずっとあった。だいたいの原因は私なのだが。だから早く家を出たくて、母方の祖母が亡くなった時に「もうこの家に未練はない」と家を出た。八人いた家族はいま三人になって、ひとり暮らしの家を探しているという三男坊が出ていく近い未来に二人になる。今月末には私の弟に子供が産まれる。それでも、嫡男でない弟家族がこの家で暮らすことはない。
何人もいなくなってから偶然みたいに数を増やしたこの夜は、私が遅い独り暮らしの決意に際し、家庭というものへ見限って捨ててきた光景なんだと思った。