20160925
日々が無理すぎるということ
こないだの演劇、最高の夏にしようねノイローゼ2でやった演目の中に「日々が無理すぎてよく泣いてたんですけど」という一節があって、俺は男の子なので泣きはしないけど、日々が無理すぎるというのは本当にこの国の現代における生活、各々のレベルで、そうなのではないか?
日々が無理すぎるという状況に対しあの女、アヤカは泣いてしまっていたわけだけど、涙がもったいないから内側にそれを垂らしてビーカーかなんかに貯めて、ある程度まで貯まってからそれを揺らしたりして、眺めて、その揺らぎだったり波打つカンジをスケッチして人様に見せようよ。そうやって生きようよ、と思う。
誰かに傷つけられた時または大切な人が傷つけられてる様を見た怒り、俺は、それを物語にして、だけど虚構の中で傷つけた方を不幸にしたりせず、傷つけられた方をやっぱり傷つけて、世界に公開する。傷つけた方がその物語に感動したらば、「お前は泣くなよ」と言いたい。そういう性格の悪さがある。
登録:
投稿 (Atom)
-
スツールの籐椅子が欲しい。 以前そこさくで山﨑天ちゃんも籐椅子が欲しいと言っていて、たぶん俺は豆腐ごはんか納豆ごはんかカレーかソバを食べながら(その四種類ばかりを家で食べるから)「いやぁ!わかる!!」と声に出して十代の天ちゃんに文字通りの共鳴を果たしたものだ。 あぁ、籐椅...
-
いちいち過ごすには永くて、いちいち振り返るにはみじかいひと月が終わって今度は過ごすにあたってみじかい日々。毎日U-NEXTで昔の「名探偵コナン」テレビシリーズを観て、毎日何時間かはドトールに行って腕組みしたり居眠りしたり音楽を聴いたりケータイ弄ったりする。それでもプロットをい...
-
iPad Proの待受──アプリアイコンが並ぶ画面の壁紙も待ち受けというのでしょうかね、 その待ち受けというのか壁紙というのか曖昧なものを最近デフォルトから変更した。 私が変更設定したのはインターネットから拾ってきたある一枚の写真。 昼の大きな広場の大きな噴水の淵に一組の男女...