20230715

ティルイット・ルル・リリ

 昨晩から編集作業朝まで。毎度インスタグラムで募集する「休憩中に聴くオススメ音楽」だけが楽しみ。

 朝から少し寝て、疲れの取れぬまま起きて炊飯をしたら、もう三年くらい繰り返しているはずの作業──つまり「炊飯」のやり方がわからなくなってしまったのか、炊飯ボタンと保温ボタンの意味の違いがわからなくなったのか、3合の米をただ数時間保温しただけの生米が出来上がってしまい、しかしそうと気づかず食べて、はじめて米を食べてマズッと思い、炊飯器がイカれたんだとやるせない気持ちになる。これが都市生活者の孤独だ。自分の失敗に気づいてもやるせなさは消えず、教訓はまだ冷凍庫の中で保存されている。捨てる気にはならない。百姓の家系だから。早口言葉以外で「生米」なんて使う日が来るとはね。

 午後からだらだら別の作業をし、喫茶店でつないだ映像をチェックし、修正点をノートにメモして、ということをしてたらそれが終わった瞬間にドッと疲れが押し寄せて来て、本も読む気にならず、もうダメだと思ったが、なんとか西友にだけ寄る。

 家に帰って、スパンクバングでywfwrinrinを観て、しかし孤独感はつのり、本格的にもういいやという気分で寝る。エアコンをつけずに汗かいて寝るほうが気持ちいい。

 夢では図書館に行った。
「君たちはどう生きるか」、まだ観てないけれど、「君たちはどう生きるか」のノベライズという本があって、それはなぜかタイトルが「君たちはどう生きるか」ではなく「ティルイット・ルル・リリ」という題で、青空の下の砂浜でボケっと立っている男の子と、その切り返しとして彼の視線の先に黄色い灯台が建っている二つの絵が上下に並んだ、美しい装丁であった。
良いタイトルだなと思って目覚め、自分の無意識に頼もしい気持ちになる。なにかに付けようかな。ややスッキリして風呂に行く。

 銭湯に行く途中で、近所のタイ料理屋の軒先にある排水管から水がチョロチョロと出ていて、夜道に小さな小さな水たまりを作っていた。
それを眺めていると、なんとなく、私の今日という日はこの小さな小さな水たまりに立ち止まるためにあったような気分になり、だから少しの間眺めた。これは何かの比喩でも示唆でもない。小さな小さな水たまりとは、ほんとうにあの、小さな小さな水たまりだけを指している。それが大切なことだ。

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