20211225

水声

 幽霊の小説だと思った。
 幽霊の小説、というのはオバケが出てきてどうこうということで済む話ではない。
 "幽霊"とはどういうことか?
 "幽霊が出現する"という現象とは何か?についての小説。
 物語のうねりを直列的に眺めるかたちではなく、その部屋およびその部屋にまつわるある時間に巣食う"幽霊"についてを、あらゆる角度とあらゆる時間から暴いていく。

 1ページ目から最後のページまでずっと歪な不気味さがある。
この小説を思い出すことが怖い。
この小説を怖がる時、読者のそばに幽霊がもう立っている。

20211224

高架線

 部屋、というより「世帯」がテーマだと思った。
 ひとつの空間に入れ替わってゆく世帯には、そこに住む人それぞれの人生があって、さらには彼らを取り巻く世帯の人生がある。アパートというのは、世帯の集合体という意味ではこの世界と相似であるとも言えるのではないでしょうか。

20211211

彼女は頭が悪いから

 「彼女は頭が悪いから」というタイトル(これは実際に公判において被告東大生によって発言された言葉らしい)に対しておそらく殆どの読者(俺も)が「そんなことない!」と強い反感を抱く。
なぜならば、主人公がそのように設計され設定されているからだ。信じられないくらい魅力的だ。きっとみんな彼女の味方をする。加害東大生の視点も同じ分量あてられ、物語が進行するが、これも「東大生」という種族の人間性を暴くかのように設定されている。そしてそれらは、作者が言うところの「無慈悲な好奇」を刺激する。憎しみという快楽を伴って。

 だけどおそらくこの小説は糾弾や批判的な目論見で書かれていない。
それは小説がどうしても創作の域を出られないことから予想できる。

 "勘違いとはなにか?"ということを検証することを目的として書かれたフィクションである。
 吉高由里子が「吉高由里子のあいうえお」のQ &Aコーナーにおいて「恋とは?」という問いに「すべて勘違い」と回答していて、俺はけっこうそれを読んだときに「まじ?!」と思った。
 勘違いとはなんだったか?そしてそれはなぜ起きたか?という作者の検証は、ひとりの純粋な女の子の人生の中に起きた恋の顛末をつぶさに想像して、否定的なニュアンスではなく読者に結果を伝える。
「彼女は頭が悪いから」
 結局のところ俺もそう思う。だけど恋は間違いじゃない。悪いことじゃない。