20231027
増村保造「偽大学生」感想
クジラックス「歌い手のバラッド」感想
20231019
認定官との再会
何年も前だけど、私は熱心に演劇のまがいものみたいなことをやっていて、映画を今ほど熱心に作っていなかったのだがそれは当時、当時目にした映画の何を観てもつまんないなと感じていたことによる。それでもその年はこしらえた短編映画が小さくはあれど人生で初めて「グランプリ」というのを貰った年で、しかし授賞式の日に演劇のまがいものを一週間連続で公演していたので会場にいた人からの電話だかメールだかで受賞を知った。
映画への漠然とした倦怠期であったこともありグランプリで別段やっていけるぞという自信がついたわけではなかったし、賞金よりも演劇の売り上げの方が高額だったことも私を良くも悪くも思いあがらせなかった要因になったが、それでもシンプルに嬉しいなと思った。
ともあれ天狗にならずに済んだ一方で私の映画への“うってでるぞ”という士気が喚起されなかったこともちゃんと強調しないといけないのだが、私がささやかなれど栄光を勝ち取った一週間後に、再び映画への情熱を燃えたぎらせることになるきっかけとなる一つの作品に会うことになった。
ムージックラボで観た「マグネチック」である。大感動して泣きまくった私はひと月後の凱旋再上映でも鑑賞し、同じように泣いた。帰り道の電車で「あれは自分には作ることのできない」という敗北感の伴いながらの喜びがあった。北原和明がインディーズ映画の雄になるという確信を得たということでもないが、少なくとも当時私はこれから一本も自主映画が作られなくなる世界になったとしても「マグネチック」がある、「マグネチック」だけで構わない、とすら本気で信じていた。
私は大好きな人を見つけるとなんとしても当の本人に会おうとラブコールをしまくるという意外なまでの積極性がある。あらゆるツテを駆使して半年後に北原和明監督とお会いした時に、私はちょうどいろんな縁でムージックラボに自分も選出されることが決まった時期で、それを伝えるとともに北原監督への敬愛を態度にしていた。
私が思い出すのは、その時に北原監督がふと「おいくつですか?」と尋ねてきたことである。私が二十後半の年齢を応えると彼は「若いですね、僕なんてもう──」と自身のご年齢を教えてくださったのだが、それ以来私の中でその年齢はひとつの指標のように感じることになった。北原監督が「マグネチック」を作るに至った年齢までに、自分は「マグネチック」に恥じぬ作品を作らねばならない。その訓示は私を激励しながらも追い立てるようにして圧迫し続けた。その年から私はさまざまな幸福な出逢いのもと、文字通りの悪戦苦闘をし、ほとんどリセットされたような自分と映画の関係性を再構築し更新することだけをしてきた。演劇は、何人かの素晴らしい同世代の作家を知ることで──こちらは「マグネチック」とは逆の反応になるのが面白いのだが──むしろ自分の創作の基盤からは切り離すことになった。それを私はポジティブに感じている。
ふと気づくと、私は北原監督の当時のご年齢にほとんど同じになっていて、最近ではその年齢を気にすることもなかったのだが、それでも今年製作した映画と今年製作する映画の二つの作品を眺めるときに、少なくとも「マグネチック」には恥じないものを作ることができたという自負をおぼえる。この本懐には慢心でも優越でもなくて安心がある。とりあえずは、この数年で歩みを止めることの一度もなかったことを、誰より自分が自身に認定している。このことが最も難しくまた最も嬉しいことだというのは、誰であれわかってもらえることと信じる。
しかしそれによって指標を失った感のある私が、しかして如何に自分を激励し圧迫するべきかと悩んでいる数日の中で、ふと検索した大江健三郎全作品年表で私は、久しぶりに、本当に戦慄し燃えたのである。そこには作品の書かれた年とその当時の大江健三郎の年齢が丁寧に付されていた。私は小説家でもなくまた大江健三郎と自分を年齢において比較することの馬鹿馬鹿しさの伴う不遜を誰に言われるまでもないのだが、ともあれ私は自分の年齢時に大江健三郎の書いた作品を目にし焦燥を感じた。心を燃やせと激励するあの誰より厳しい認定官に再会したのだ。
20231017
朝森瑞季「ガラスの天使」感想
20231016
市川準「東京兄妹」感想
ノスタルジーの感受というのはかつてはあったが今はないものを懐かしむ行為であって、この「東京兄妹」しかり「トキワ荘の青春」しかり、現代においてこれらの作品を観ている我々が郷愁を感じるのは、描かれている光景がすでに失われ終えた後の時点から鑑賞しているからだ。
市川準が彼の作品で物語っているのは、そういう未来から眺める"過去"ではなくてあくまで消え去りはじめ遠くない未来に失われるであろう光景の現在進行形で、つまり映画の中でゆっくりと時間をかけて消滅の兆しだけを見つめている。市川準はその変容を肯定も否定もしない。決して歩み寄らず、だけど突き放したりはしないで、ずっと同じ場所からひたすらに見つめる。手を差し伸べたりはしないけれど、その場所からいなくなったりもしない。そして彼の眼差しはキャメラを通して観客に強いられることになる。安易な同情も投げやりな跳躍もさせず、観客にただ映画を観させる。このストイックさ……。なんて気が長いんだ。
日本家屋(の室内)言い換えれば古くさい様式の家父長家庭の崩壊をどう撮るかということにおいて、小津に倣うのはあまりにもストレートではあるけれど小津に倣っても小津にはならないのが逆説的に小津の強靭な小津性だろうから、市川準が自分も小津になろうとしてないのはあまりにも市川準印のCMすぎるインサート連打で良くも悪くも開き直りが見られる。アングルとサイズと照明がCMのそれでしかない。冒頭からして豆腐のCM始まったのかと思ったぜ。それは繰り返すが良くも悪くもだと思う。これは映画であってCMではないが、この映画は市川準が作ったものだから。
インサートで言えば一箇所ものすごくグッときたのは、ラストシーケンスの街並みインサート連打の中で、かなり早い段階において洋子が写真屋受付に座っているショットが挿入される。ヒロインの姿が街並みのひとつとして扱われている。あれはかなりオオーッとか思った。
芝居シーンはa)2キャメのマルチアングル、もしくはb)ヒキ→ヨリ/ヨリ→ヒキという二種類のコンテで基本的に進行していくのだが、それ自体はたいして面白くはない。
けれども、インサート連打で「あぁなんか結局良い話というか、ふわっと終わるのか。あーこれがラストシーンだろうな。あと1、2カット入って終わりよね」とぼんやり油断したところにあるラストシーン。3カットだと思うが、時間にして20秒程度の、かなり地味であるし、かつ、あれも小津じゃんと言われればそれまでのようなオチの付け方のはずだが、私はかなり戦慄を覚えた。この映画に起きるどんな出来事より身を裂かれるような悲痛さを感じた。あのラストは何もかも凄い。
鑑みればあのラストこそが健やかなのであり、またなりゆきとしては当然なのだ。
だからあのラストのためにそれまでの九〇分があったとまで言える。
しかし、しかし……キツい。。。体感として痛い。。
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