漫画広告につられることがあんまりない私が久しぶりに広告にダイジェストされた漫画の断片に好ましい青春の苦味のニオイを嗅ぎ取って全話ではないもののほとんどの、つまり公開されているすべてを読んでみたところが普通に胸糞悪いロリコン漫画であったため、それでも公開されているすべては読んでみたもののエロいシーンは全部飛ばして(しまったが)読んだ。広告にあった青春の苦味は私が読んだ八話のうち第八話で、だからそれまでの七話はだいたい飛ばした。だが、飛ばしたからといってそれを理由につまらーんとは切り捨てられない。ルサンチマン的な屈折し歪んだ自己承認欲求──主題自体は手垢に塗れている、をたんたんと描いているが、たとえば主人公がネットで炎上するを知るシーンなどで、彼自身が戦慄していながらも滑稽に描写されてある。それは絵のタッチもそうだし、混乱した彼が「一旦アナニーしてみよう」と思いたち、自分のつくった曲をかけながら「がんばれがんばれ俺!」と叫びつアナニーに興じるといった展開にもある。
こうした、主題に対してベタな展開の中にあまりにも異化的になされた演出は、形態に沿うだけの凡百の作品とはあきらかに異質でありながら、「だからなに?」と言われればそれまでの、つまりそれゆえに純度の高い異物としての印象をのこしており、私にはそれがかなり好ましく感じられた。
また、特に後半において、キャラクターが現実世界にある曲をうたうシーンや、主人公が初恋の女の子の知られざる姿に打ちのめされるシーンで、映画であればBGM的に斉藤和義「歌うたいのバラッド」が流れる演出があるのだが、権利関係に配慮してか、「p.○○からp.△△の間の"──♪"には「歌うたいのバラッド」の歌詞が書いてあると思ってください」という注意書きが米印で枠外に付される。
上記のBGM的エモーショナル演出を意図されながらも、実際に歌詞が書いてないと何のエモ効果もない「──♪」もまた、その無意味さゆえに革新になり損なう、純然たる異物として私の印象に強く残り、やはり期待はずれのものを読みながらにして「期待はずれ」と断じることはできなかった。意図的であるかどうかはともかく、どちらにせよ苛烈なまでの無意味さにはすごいと言わざるをえない。
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