いや、俺にも「美味しいものを食べたい」という欲求はある。しかしながらそれはどちらかといえば「美味しくないものはなるべく避けたい」という程度の、とても消極的で不精な態度の方が的確と思う。
俺は羨ましいとしんから思っている。
美味しいものを食べたい、というかなり原始的な欲求を持ち、たとえば讃岐へうどんを食べに向かう人たちを。
それは、俺が体感したことのない晴れやかで前向きな気持ちであろうから。金銭面を除けば隙のない、そしてたとえば友情・恋愛・孝行が付随することだってあるんだから全方向に良(りょう)じゃん。
彼岸の彼らを眺めながらの俺はといえば。毎日うどんかそばを食べている。
というか。
いよいよ米も炊くのが億劫になってきた俺の自炊生活の、最果てにあるのはうどんかそばなんだと自分でせつなくなるほどうどんかそばしか食べてない。
非難の有無ということでいえばいわれはないが自分で思うね、ろくなもんじゃないです。
はたしてそうでしょうか?
ええ、ろくなもんじゃないです。
本当にそうなのでしょうか?
答えは私の胃の中です。知りたい人はダイブしてみてください。
ダイブといえば。
スロウダイヴを聴いている。
スロウダイヴを聴いて調べて知ったのだが、最近俺の好きな、たとえば少女スキップや今回のスロウダイヴなどが、シューゲイザーというジャンルらしい。
俺は、聴いて、調べて、知って、思いました。
「またひとつ世界が分かりやすくなったわい」
しかしながらそれは、全方向に良(りょう)なのだろうか。でしょうか。そこには疑問が残ります。名前が付くということは世界に境界ができるということです。そして"名前が付く"を個人に翻れば、名前を知るということになるでしょう。
混沌とした世界が絶対の正ともいいませんが、境界が全てに引かれていることもまた、もしかするとろくなもんじゃないのではないでしょうか。
ところで。
もういつだったか忘れたがそれでも六月。ロメロの「死霊のえじき」を観た。
つらいバイト先みたいな話でしんどかった。
サントラがめっちゃ良かった。アップルミュージックで聴いてます。
帰り道の薬局で聴きました。
薬局でハンドソープ探しました。
ロメロはゾンビのことを本当に考えてるんだなと感動したが、後日知識くんにそれを伝えたら「ロメロは別にゾンビが好きだったからゾンビ映画を作ったのではなく、それが金になるから作ったんですよ」と言われ、マジ!?と思った。なのならやはり、俺の舌は信用がならない。
6月から離れてもはやバブ、ローズ、サラしか名前を覚えていない。ローズって薔薇のことでしょうか、綴りは。名前、3人しか覚えてない。あとはもう蒸発するように忘れた。
“名前ってなに?
薔薇と呼ばれている花を別の名前で呼んでも美しい香りはそのまま”
サラは食器、バブは入浴剤である。
薔薇といえば柴田聡子「ばら」を聴いていると「静かに煮立って毎日は蒸発していつしか消えて」という歌詞が心に浸透した。
俺の毎日もまた、静かに煮立って蒸発していつしか消えていく。鍋にはうどんかそばが残っている。食べる。
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