20220331

文化荘文化大賞2021

本年度文化荘文化大賞が以下の通り決定いたしました。


◯大賞

 舞城王太郎「淵の王」


◯大賞最終候補

 保坂和志「プレーンソング 草の上の朝食」

 庄野潤三「静物」

 三津田信三「怪談のテープ起こし」

 SACOYANSGasoline Rainbow


◯選考ノミネート作品

 倉里晴「訪問者」


 波世側まる「コメント欄には貴族の娘とかいっぱい書いてありました。」


 舞城王太郎「淵の王」


 JR東日本「スイカ&ライチウォーター」


 MOONSTAR「ジャガーエースG


 大江健三郎「人間の羊」


 Sweet TripDarkness


 親愛なるQに捧ぐ「神様」


 三津田信三「怪談のテープ起こし」


 マーゴ・ガーヤン「The Hum


 滝口悠生「死んでいない者」


 Family Mart「今治タオル」


 香椎響子「君はごめんが言えない」


 庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」


 庄野潤三「静物」


 保坂和志「プレーンソング 草の上の朝食」


 けらえいこ「西反


 EMERALD FOUR「天国から離れて」


 SACOYANSGasoline Rainbow


 OGRE YOU ASSHOLE「また明日」


 PSYZWomanS


 金属バット「伊佐坂先生の異世界転生本」


 ジェラルド・ウェイのライブでモニターに映る自分達に気づくファンの皆






選考者:ワンダフルデイズモーニング、静谷静一、志水あみ、あさくらなおき

選考日:2022331

選考会場:ドトール西荻窪南口店




◯選考者コメント:ワンダフルデイズモーニング


 今年度は過去の中で最も早くその選考が終了した。しかしそれは純然なる喜びに満ちていたのかというと、そういうわけでもない。少なくとも私個人の見解であるが。「淵の王」が圧倒的すぎた。これまでの私(達)の価値観を揺さぶり、激励し、希望を与える。これからの人生に大きく影響する。そういう作品であった。ゆえに、「淵の王」が出てきた時点でほとんど大賞は決まってしまったと言っても過言ではない。そのことが純然たる喜びに満ちていたわけではないと私が申し上げるのは、つまりその圧倒的感動によって、他のノミネート作品がどうやっても勝てなくなってしまったからである。そのことは他の作品の低さというニュアンスを持たない。それがもどかしいのである。少なくとも大賞最終候補に並んだ作品群は、例年ならば大賞を獲るにしかるべきである。



◯選考者コメント:志水あみ


 人生に影響を与える作品というのはそう何度も出逢えるものではない。「淵の王」はその一点において大賞に相応しく思った。むしろ我々が苦心したのは、ノミネート作品群から最終候補を選出する段階にあった。決着のついた後の選考のような作業には、どこか出来レースを行なっているんじゃないかという自己嫌悪に近い後ろめたさがなかったかといえば嘘になるが、しかしむしろ最終候補の選考こそが豊かな時間を我々にもたらしたようにも思えるから不思議である。前年の例を出すまでもなく「我々は今年度もたくさんの素晴らしい文化に触れたのだ」という極めて原始的な感動があった。個人的には、鑑賞という行為において恐怖を感じることがほとんど不能のニュアンスで稀な中、はっきりと「これは怖い」と思った唯一である「怪談のテープ起こし」が強く印象に残っている。



◯選考者コメント:静谷静一


 大賞である「淵の王」のことは他の選考者が語るであろうし、そうでなくとも今年度の文化大賞において「淵の王」について語ることはあまり意味を成さないように思える。「淵の王」以外の作品について語ることこそがこの文化大賞には意義深いのではないだろうか。「プレーンソング 草の上の朝食」は、二つのどちらか一方を選出することは無意味であると思われたので、講談社文庫「プレーンソング 草の上の朝食」その一冊が一つの作品としてカウントされた。逆に「静物」については、私は「プレーンソング 草の上の朝食」と同じように、作品集である新潮文庫「プールサイド小景・静物」をノミネートしても良いように思ったが、その中の「静物」だけが選出された。この二つの事案は面白いと私は思うし、そのことと大賞である「淵の王」を結びつけることは可能であると思う。これら三つの候補作が選ばれているのは通底する理由があるだろう。しかし、やや複雑になるが、我々の中に通底するナニカに、この三候補作品が同じようにヒットしたということである。それは我々の今の気分や嗜好と言い換えることもできるかもしれない。そう考えれば、(この文化大賞における)選考などというのはわりにいい加減な行為に思える。やはり権威などはいらないのだ。



◯選考者コメント:あさくらなおき


 大賞が決まってからの時間が長かった。集まってすぐに大賞が決まったので今回は楽だったと思ったが、そういうことでもないっぽかった。


20220301

いいことがもうれつにやってくる

「──やめにしようや」と俺は思ったんだ。

 小春日和ってこれだなぁっていう暖かな陽気が今日の、東京の西の方には少なくとも、広がっていた。空は喩えるまでもなく青くて、それだけだけどまるで笑ってるみたいだった。

 今日はダチンコが朝から家に来た。ふたりして力をあわせて作業しないといけないことがあって、それをセッセとしながらも時々、「そろそろ休憩すんべ」なんてどちらともなく言って、窓を開けたり、それも物足りないと部屋から飛び出して散歩とも言えないくらいの近所ウロウロをかましてみたりした。
 「ほんと気持ちいいですね」と俺たちはまたどちらともなく言って、言われた方もおんなじ言葉を返した。こんな気持ちの良い日に交わす言葉はおんなじ言葉ばかりだった。

 遅くまでかかるかなと思ったけど予定よりずっと早く終わって、彼は家路へ俺はまた別の仕事をしに、同じ電車に乗り込んだ。窓の外には夕暮れの、建物に照る黄色とオレンジの中間の色があって、その群れの向こうにはやっぱり青い空があった。

 夜になって、"別の仕事"も終わり、帰り支度をしながら携帯を見たら、モーニング娘。14期メンバー森戸知沙希さんの卒業がアナウンスされていた。
 俺はほとんど反射的に「うわーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」とTwitterに書き込んで、その津波のような怒涛の──"怒涛の"と書いてみたものの後の続かない、甚しさしか形容できない名無しの驚きののち、脱力感に似ていて違う、似非もんの虚脱に襲われた。
 似非もんの虚脱は俺のリュックの中に潜り込んで、そこから顔だけ出して俺のトボトボ歩きの速度で遠ざかる街を眺めていた。
「ね、ね」と似非もんの虚脱が言った。
「なんだよ」と俺は振り返らず言った。
「きれいだよ、見てごらん」似非もんの虚脱。
「とくべつきれいなわけじゃないよ、普通だよ」俺。

「今日あったかくてダウンジャケット着なくてよくなってうれしかったよね」
「そうだね、だけどどうだっていうんだ」
「どうしたの、疲れてるの」
「お前に言われたくないよ、お前が背中にいるからだよ」
「本当?……それじゃあ、ごめんね。ごめん。ごめんね。」
「いいよ。いいから、黙っててよ」
「でてったほうがいい?」
「出てってくれよ、もう今日はいい気持ちでずっといたかったのに」

 (無音)

 俺がリュックを見やると、似非もんの虚脱はいなくなっていた。そして今歩いてきた道の少し向こうに、似非もんの虚脱の後ろ姿があった。
 似非もんの虚脱はカービィみたいな短い手足をよちよち動かして、毛玉みたいな体を揺すって俺から遠ざかっていた。その後ろ姿ははっきりと落ち込んでいた。
 俺はすごくすごく"さみしい"と思った。悪いことをしたと思った。謝って、何を謝るのかわからないけどともあれ謝って、ヤツを抱きしめて、またリュックに入れてやりたいと思った。
 だけど似非もんの虚脱を追いかけようとしてもそちらに足が動かない。見えない壁があるみたいだ。どうしてだよと少しの時間考えると、もしかしてという心当たりをひとつ見つけた。

 俺の足を止めるものの正体とは、「とりかえしのつかなさ」というやつなんじゃないか。
時間が不可逆であるように、覆水が盆に返らないように、ちぃちゃんがもうすぐ卒業するアナウンスが公式に発表されるように、不用意だとて突き刺してしまった言葉の矢がもう相手の胸から抜けないように、つまりは「とりかえしがつかない」という"それ自体"が、俺に似非もんの虚脱を追いかけることを許さないのではないか。

 だから俺はどうすることもできなくて、小さくなっていく毛玉の後ろ姿をただ眺めた。
 どこに行くの?
 もうあらゆるお店はどこも灯りを消しているのに。「似非もんの虚脱」なんて何だかわからんもの、誰も家に迎え入れるわけないのに。
 どこに行くの?
 ほとんど泣きそうだった。
 それでもう仕方ないから、乗ってきた電鉄の反対方向に向かう電車に乗って、家に向かった。だってしょうがないじゃないか。そうだろう。

 電車の中で考えた俺は。揺られながら。それは正確には"考えた"よりも幼い、"思い浮かべていた"みたいなことだったが。
 その"思い浮かべ"の末にたどり着いた言葉というのが「やめにしようや」というわけだ。

 やめにしようや。ではなにを?
 うじうじすることをだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 マジで一旦森戸知沙希さんのことで言えば、「せつね」とか「さみし」とか俺たちが思っちゃうことはマジしょうがないわ!!!!!!!!そらそうだろうよ!!!!!!!!!なぁ!!!!!!だろ?!?!!!?!??!?!!!?でも、そのことをじゃあさいつまでもいつまでもうじうじこねくり回してなんなんだね?!?!???!!?!!??!???!!?!?無理矢理「おめでとう」を言う必要もないかもしれんけど、いいじゃん!!!なぁ!俺らの感傷は"それはそれ"じゃん!!!!!!!!!!な!なぁ!?なぁよ!!!なぁて!!!!!!!!
 やけくそじゃないんだ。普通に健康的にそう思うって言ってるんだ。

 もっと楽しいことを考えたり感じたりする方がいいし、もっと楽しいことを考えたり感じたりしたいと俺は思うんです。
 たとえば
「あったかいね〜」がいいんだ。
「あったかいのに……」じゃなくて、
「なんであれあったかいね〜」がいい。せめて。

 たとえば
「恋っていいよね」がいいんだ。
「恋っていいって言うけどさ……」じゃなくて、
「なんであれ恋っていいよね」がいい。せめて。

 なんかいつまでもいじけたりニヒリスティックに浸っているのってマジでしょんべんくさいっていうか子供っぽいっていうかだせぇっていうかヒロイスティックっていうか痛々しいじゃん。哀れだよ。哀れだけなら良いと言うか必死こいて結果その実態が哀れだとしても「哀れです…」って自ら標榜するのは哀れを通り越して滑稽だよ。
 ことわるが怒ったりはしてない。
 ピエロになろうとしなくていい。誰も。そう言いたい。
 ピエロをやるのは楽なんだろうけど。

 とにかく「ウジウジ」したり「哀しみぶっ」たり「悲観しようとして悲観」したり、しなくていいんだ。誰も。そう思う。
 ちぃちゃん卒業さみしい。以上だ。
 似非もんの虚脱よごめん。以上だ。
 今日ほんとあったかかった。うれしい。
 恋でもしたいっすね〜。春だし。
 いいことがもうれつにやってくる。
 いいことがもうれつにやってくる。
 いいことがもうれつにやってくるんだ。マジで。誰しも。