大きな賞をもらった夜明けに生まれて初めて「あれ、もう自分は映画無理かもしんない、ここが限界かもしんない」という感覚がなぜかはわからないけれどとにかく襲いかかって来て、だけどまぁ、びっくりしちゃったのかな、こういう陰鬱はそのうち回復するだろうと放っておいた。私は養老孟司を仰ぎ倣い、風邪をひいても病院には行かない派。諸々残務処理だけは済ませて、それを終えたら最悪死んじゃえばいいじゃないですかァみたいなことをもう一人の自分にあくまで軽いノリで励ましてもらい、なんとか乗り越える。燃え尽き症候群ってやつだろう。そんなベタな。
本当に限界が来た時に話を聞いて欲しい人は何人もいない。一人いればいい。本当にやばくなったら貴方に吐露して、それでもダメなら本当に高い高いビルにでも登って、下界の風景を見、そこから身投げをする覚悟があるのかを自分に尋ねてみればいい。即死は短絡と私は思う。ひとつずつ確かめればいい。自分が嫌いなわけでもないから。一旦たくさん寝たまえと、他人だったらそう声をかける。
少しずつ陰鬱は薄らいでいった。そういうものだ。一生風邪をひかない人がいないように。また訪れる。季節の変わり目に。あの日が私の人生のうち一つの季節の変わり目であったこともまた間違いない。薄らいでも消えはしない。なくなりはしない。
ずっとずっと心の安否を心配しながら連絡できずにいた友人Aから、私の映画の受賞をお祝いする趣の連絡が来た。おめでとうございますという言葉より連絡が来たこと自体が嬉しかった。本当にずっと気にしていたから。
「喪失に発する立ち直れない悲しみの日々の中で、かつてシビヤさんのブログに自分のことが書いてあったことを思い出した、ある日それがすごく励みになった、重荷に感じないで欲しいけれど自分の中でシビヤさんの存在というのは〇〇監督と同じ位置にある、だからシビヤさんが、この世を去った〇〇に代わり(というのではないのであろうがしかし現在生きていて)映画を作り続けていることが励みになっている 自分もまた、作ることや考えることをやめず、続けることにする」 そのようなことが書いてあった。最後の一文が嬉しくて、別に意味ないけど最近聴いてた「Q」という歌のURLを貼って送った。気にいるかどうかなんて知らないが。とにかくいなくなったわけじゃなかった。
何年も会っていなかった友人Bに久しぶりに会った。お茶でもしようかという話になって、お茶した。追い出されるまでタリーズに居て、サイゼリヤでワインを二杯ずつ飲んだ。次に自分が作ろうと準備している映画と、次の次の次に作ろうと思っている映画の話なんかをした。最後に会ったのがいつだったか私もBも全く思い出せなかったが、その期間の単位は月でなく年だろう。最後に会ってからどのくらい経ったのかを検証する意味はないと私は思っている。貴方もそうだろう。いなくなったわけじゃないのだから。
一人で長い道のりを歩き歩き、とある場所に行った日がある。その日の翌日から舌下左部に違和感と痛みを覚えるようになった。口内炎だろうと放っておいたが鏡の前で口を開けてあらためたところ少し様子の違う赤貝みたいなものが見えた。左の喉にもしこりのような膨らみがある。普段はさほどでもないが何か食べると激しく炎症がまるで身を起こすかのように膨らみ激しく痛むので、今日病院に行ってみた。投薬で様子見。精密検査は経過次第。
そんなわけないとは信じてるけど舌癌とかだったら嫌だな。泣いちゃうな。と思う。大切な何人かの顔が浮かぶ。それでも私は突然いなくなったりしない。
大丈夫ですよ。
0 件のコメント:
コメントを投稿